&groundとは?

&groundは、
「&(アンド)」と「ground(大地)」を組み合わせた名前です。

人と土地。人と人。文化と現場。

それらをつなぎながら、仲間と共にカルチャーを育てていく。

現場に立ち、共に歩みながら成長していく。

そんな想いを名前に込めています。

1. ジンは、ただの酒ではない

私にとってジンは、単なるアルコールではありません。香り、空間、人、会話、料理。それらすべてをつなぐ、“文化の入口”のような存在でした。

学生時代、東京・渋谷のバーでジントニックを作っていた頃から、ジンは生活の一部として存在していました。そして2015年、上海駐在中に飲んだ「Monkey 47」との出会いをきっかけに、「ジンはただのカクテルベースではない」と強く意識するようになります。

2. つくる前に、場をつくってきた

2016年以降、日本各地でクラフトジン蒸留所が生まれていく中で、私自身も「いつかジンに関わる仕事がしたい」と考えるようになりました。ただし、&groundが選んだ道は、いきなり蒸留所をつくることではありませんでした。

まずは、人が集まり、語り、味わい、また誰かに伝えたくなる。そんな“場”をつくり、その場を継続させることから始めました。&groundが目指しているのは、単に「酒をつくること」だけではありません。人が集まり、語り、回遊し、また誰かに伝えたくなるような“文化が育つ構造”そのものを、現場から育てていくことです。

現場から生まれた実践とプロジェクト

  • 宇陀ジンナイト:宇陀へ通い続ける中で、小さな集まりとして始めた活動。参加費無料・フード持ち込みの手探りの会ながら、「ジンはイベントになる」「ジンは人をつなぐ」「香りは会話を生む」という確信へと繋がりました。
  • 「スパイスとジン、宇陀す。」:スパイス料理とジンを並列に扱い、「合う・合わない」ではなく「どう響き合うか」を体験するペアリングイベント。宇陀という土地で、香りを軸とした文化体験に挑戦しています。
  • 関西ジンラリー:現場での経験を広域へ拡張。大阪から始まり、現在は関西4都市・110店舗を超える規模へと成長しました。店舗、飲み手、蒸留所、地域が回遊し、関係性が残り続ける構造を重視しています。
  • GIN THROUGH JAPAN:訪日外国人向けのクラフトジン体験企画。蒸留所、バー、料理、人を一つのストーリーとして編集し、日本のクラフトジン文化を「観光」ではなく「体験」として届けています。
  • メディアとしての「ShoGin.jp」:クラフトジン専門メディアを運営。ジンの現場で起きていることを、単なる商品紹介ではなく、人、背景、思想、空気感まで含めて克明に記録しています。
蒸留所は、ゴールではない。

私は海外でゼロから事業を立ち上げてきたビジネスマンでもあります。だからこそ、ただ酒を造るだけでなく、文化をどう育てるか、人がどう集まり、どう回遊して記憶に残るかを重視してきました。宇陀蒸留所は、これまで紡いできたこれらすべての活動が交差する場所として構想しています。

宇陀の森, 水、静けさ、香り。その土地の空気まで含めて、記憶に残るジンをつくりたい。強く主張する香りではなく、食事や会話、その土地で過ごした時間の余韻に静かに寄り添うようなジン。造るだけで終わらない、人が訪れ、語り、つながり続ける蒸留所を目指しています。ジンは、人をつなぎ、物語を紡ぐ火種です。&groundはその火を、現場で、淡々と育て続けています。

3. 私がこの場所(宇陀)で蒸留所をはじめる理由

宇陀は、私にとってただの土地ではありません。挑戦の原点であり、自分らしさを取り戻した場所であり、人生をもう一度、自分の手でつくり直す舞台です。

宇陀との最初の接点と「現場に立つ」原点

約20年前、新卒で入社したベビー用品メーカー・アップリカの工場が宇陀の近くにありました。営業職として配属されながらも、製造会議や商品開発、工場見学対応、品質確認、海外顧客の案内などにも深く関わり、宇陀という土地には多くの記憶が刻まれました。

特に忘れられないのは新入社員時代、週末に赤ちゃん本舗の売り場に立ち、製品販売や修理受付を担当した経験です。競合に比べて修理件数が明らかに多いという違和感を無視できず、現場の販売員に協力してもらい、修理伝票を3ヶ月間集めてデータ分析し、社長へ改善提案を行いました。当時はすぐの改善には至らなかったものの、数年後に同部位を原因とする大規模リコールが発生。当時の現場発の指摘が正しかったことが証明されました。この経験は、「理想や正義感だけではなく、証拠を揃え、実行力で動かなければ世界は変わらない」という、今も続く私の価値観の原点になっています。

心身の葛藤を経て、10年ぶりの宇陀へ

その後、海外事業や経営企画、組織改革など、サラリーマンとして最前線で走り続ける中で心身のバランスを崩しました。一度は復職したものの、再発を機に退職を決意。2024年、長年勤めた会社を辞める決断を行いました。

そのタイミングで、約10年ぶりに訪れたのが宇陀でした。龍鎮神社の森、川、空気、精度、そして静けさ。その景色を前にしたとき、「ここで事業を起こしたい」と直感したのです。都市では感じられなかった、植物の匂いや水の気配、土の空気。その五感の感覚が、後に“香り”への探求、そしてジンへの道へとつながっていきました。

人生を、もう一度つくり直す

その後、宇陀市や周辺地域の体験移住施設に月1回・1週間ほど滞在する生活を始め、地域の人々とのつながりが少しずつ自然に育まれていきました。当初は農業や宿泊業、地域事業なども視野に入れて物件探しを進めていましたが、模索を続ける中で「やっぱり自分は、ジンで挑戦したい」という思いが次第に明確になっていきました。

ジンは、私にとってただの酒ではありません。人生をもう一度、自分の手でつくり直すきっかけです。宇陀は挑戦の原点であり、自分らしさを取り戻した場所。ここに蒸留所を築き、この土地の名を、香りと共に、遠くまで届けたいと思っています。